2009年7月 3日 (金)

運動をするとストレスがたまる!!が、変わってしまった、三井島システム

 私の友人が、数年前体操教室を始めました。誘いを受けたときの私が発した言葉が「私は昔から運動が苦手で運動をするとストレスが溜まって、体によくないんだ」と冷たく断ってしまいました。

 運動会ではいつも一番びり。バレーボールをすれば、顔でボールを受けてめがねを壊してしまう。だから、体育の時間は大嫌いだったし、いまだにスポーツ観戦すら興味なく、ニュースもスポーツになったとたんに、チャンネルを変えてしまうくらいです。

 その運動嫌いの私が、今はまじめに体操教室に通っているんです。

3年ほど前に、40肩になり、どうにも腕が上がらず困ったときに、前述の友人から「あまり動かさなくても固まってしまってよくないから、無理しない程度に運動しにおいでよ」と再度誘われ、40肩直したい一心で通いはじめました。

 鈍い上に体も硬く、みんなと同じポーズが取れない。1時間のハードな体操に、何年やっても休まずにできるようになることが、最初は想像もできませんでした。選挙の前後は、忙しくて休んでいて、本格的に再開したのが、昨年の1月。

 1年半で、今では休むこともなく腹筋・背筋を鍛える体操も続けてやれるようになりました。体も少しづつ柔らかくなってきて、体重も4キロ減りました。

 この体操は体をつくるために非常によく考えられていて、考案者の三井島先生は「学校の体育は競技の練習や技術にばかり目を向けていて、一番重要な健康な体をつくることに重点を置いていない」と学校体育への批判から、実践することで健康な体づくりができる体操をめざしたそうです。

 一等賞も勝ち負けも、うまい下手もなく、みんなと一緒に1時間自分のペースで体操を続けるうちに健康な体になっていく。1年前はできなかったことが、出来るようになってくると、だんだん楽しくなってきます。

 毎週月曜日に夜7時から、鶴見会館で行っています。(第1第3月曜は岩田バレエ)。運動が苦手な方こそお待ちしています。

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2007年7月 9日 (月)

雨の花木園

Ts380138_1 7月2日の月曜日、あいにくの雨でしたが、ネットつるみのメンバーで馬場の花木園に行ってきました。

 今年度のネットつるみの方針「鶴見を知る」の第1弾です。鶴見で生まれ育っても、案外知らないところも多いのです。Ml_ts380141 Ts380137_1

特別に和室を借りました。和室は9時から12時半まで借りて2850円。まるでどこかの旅館に行ったみたいに素敵な場所でした。

 写真は外からみた和室。

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蓮の花がとてもきれいでした。

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2007年3月11日 (日)

總持寺今、昔  ~もっと地域に開かれたお寺に

_025 Scan10008hoikuen これは両方とも同じ場所です。

そう、夏になると盆踊りが行なわれる總持寺の駐車場です。

 昔、ここはひょうたん池があり、ひょうたんのくびれたところにかかっていたのが、右側の橋です。總持寺の中だけでも、随分緑がなくなってしまったなあ、と思います。

 20061224_038 でも、変わらないところもあります。

Scan10003ssoujiji 左は最近の總持寺の勅使門。右は勅使門の脇にある石灯籠の前で撮った40年以上前の写真です(左から、妹、叔父、私、叔父)。

  ネットつるみが行なったアンケートの中で、總持寺が地域に開かれていない。せっかくアドマチック天国でも、鶴見の名所の1位になったのだから、もっと地域と連携してもいいのではないか、という声があがってきました。

 私自身、總持寺保育園の出身で、子どもの頃の遊び場も總持寺でしたし、私の二人の子どもたちも總持寺で育てられたようなものです。が、どうも最近の總持寺は、子どもたちを寄せ付けない雰囲気があります。

 私が小さかったときの頃のように、夏の盆踊りだけではなく、總持寺が子どもたちにとって、魅力的な場になってほしいと思います。

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2007年3月 1日 (木)

「煉瓦女工」の上映会

以前、私が鶴見区の生涯学級で「はーてぃ・ろーど」という都市交通をテーマに講座を開いたとき、講師に来ていただいのが佐藤誠さんです。

佐藤誠さんは230クラブという出版社をやっていて、鶴見の歴史をたくさん本にしています。その佐藤さんから次の案内が送られてきました。

 横浜鶴見の運河沿いに暮らす貧しい人々の生活を描いた昭和初期の小説「煉瓦女工」(野沢富美子著)をもとに戦後1946年に公開上映された。

 3月3日(土)午後1時からと3月28日(水)午後7時からの2回だけ、東京近代美術館フィルムセンターで上映会。

 本の「煉瓦女工」は図書館で借りて読むしかない!映画もこのフィルムセンターにあり、自由には見れないので、この機会をお見逃しなく!!

 滅多にないチャンスだということで、誘ってくださいました。皆さんもぜひごらんになってください。

 

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2007年2月12日 (月)

矢向の新しい人道跨線橋

070210_153602 鶴見は、たくさんの線路によって街がいたるところで分断されています。その一つの地域である矢向に新しくバリアフリーの跨線橋ができました。

 できたのは、もっと前ですが、最近この近くに行ったので、写真をとってきました。

 ネットつるみが取り組んでいた總持寺前の跨線橋と花月園前の跨線橋も平成20年から21年の間に整備がされるそうです。

 

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鶴見の新しい名所ができました

070208_101101 鶴見川のほとりの二国沿い(国道1号)に新しくそびえたつりっぱな建物は、済生会横浜市東部方面病院。

 3月30日にオープンします。基本的に紹介状がないと利用できません。

 病床数554。16疾患別センター、5診療科目。

 鶴見の中ではとても、目立つ建物になりました。

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2007年1月 7日 (日)

鶴見に残したいもの

20061224_076 私は横浜会議で協働研究のテーマに指定されている「横浜デジタルアーカイブ」の鶴見の担当者になっています。

 なかなか仲間づくりがすすまず、鶴見は遅れていますが、「松川版でいいんだよ」といわれているので、鶴見を歩くときにはいつもデジタルカメラを持って歩いています(亥年生まれです)。

 私は子どもの頃から總持寺の近くに住んでいるので、石屋さんを当たり前のものとして見ていましたが、あらためて考えてみると、これはどこにでもある風景ではありませんよね。

 そこで、いくつかここで松川版のアーカイブを紹介します。

20061224_033 これは諸嶽山總持寺の香積台です。大黒天が祭られていて、初詣のときにはとても賑わっています。

總持寺は明治40年の大火で能登から移ってきたので、そう歴史的な建造物はありませんが、新しい建物の中には鉄筋コンクリートのものが多いので、その中にあると、結構歴史を感じさせてもらえる建造物です。

總持寺があるために、駅近くには石屋さんが数件並んでいます。最近はとてもかわいい石像が並んで、御参りに来る人たちの目を楽しませています。

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2006年12月19日 (火)

気になるラーメン

Pc180006 最近、お気に入りのラーメン屋さんがあります。鶴見図書館の近くの天下茶屋。とろとろ肉そば、と幟が立っています。

カーフリーデーの前日もここでつけ麺を食べましたが、1週間前はここで「とろとろ肉そば」を食べました。

そうしたら、隣のテーブルの男性が「あぶらそば」というのを食べているではないですか。

スープなし坦々麺とも書いてあります。気になって仕方がなくて、今晩とうとう食べに行ってきました。

 写真のラーメンがそうです。これをかき混ぜて食べます。おいしかった。少し冷めかかった頃、裏業があるよ、とここにスープを入れてふつうの坦々麺のようにしてくれました。でも、スープなしのがおいしかったな。

 次に気になるのは、ここのゆず塩ラーメン。おいしいときいたから食べにきた、という人が結構いるのです。常連さんが多いお店です。

 とにかく太くて歯ごたえのある麺が特徴です。大喰らいの私が、おなかがいっぱいになるくらいのボリュームです。こんなラーメンみたことない。

 当分はまりそうです。

 

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2006年12月 7日 (木)

鶴見に残したいもの

 まちを歩いていると、これからの鶴見に残しておきたいと思うものと出会います。

20061109_003_1 一つは弁天池。昔は湧き水が豊富だったのでしょうが、今は雨が降ったときだけ水が流れ込むということで、かなり泥がたまってきています。近くには子どもたちの遊び場もでき、近くに住む人たちにとっては憩いの場となっています。自治会が管理していますが、これも未来に残したい鶴見の財産です。

2006121_002 馬場の赤門です。25年ほど前、鶴見歴史の会のメンバーとして、まだ住んでいる人がいるときに訪れたことがあります。かつては家も残っていましたが、今は門だけになってしまいました。

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2006年11月29日 (水)

東洋一といわれた児童遊園地花月園

 横浜デジタルアーカイブの鶴見担当として、先日zaimの204で開かれた会議に出ました。

 横浜デジタルアーカイブは、横浜市との協働事業研究で、市民の視点で今後横浜の残したい物を映像でも、音でも、物語でも、それぞれの区の特色を活かした形で、インターネットのサイト上に残していこうという事業です。

 で、会議をした部屋には昔の横浜の写真がたくさんあり、私が住んでいる花月園の写真も見つけました。

 花月園は東洋一の児童遊園地であったということは、知っていましたが、ケーブルカーや大山すべりとよばれた第滑り台など、一体今のどのあたりにあったのかと思うほどの遊園地です。

 私が子どもの頃は、花月園は競輪場でしたが、一部公園となっていて、児童館など子どもたちの遊び場として、まだ少し面影た残っていました。その後、県立の子どもセンターとして、私のこどもたちもセンターで遊ばれてもらいましたが、今は子どもセンターもなくなり、子どもたちの遊ぶ場がまたなくなってしまいました。

 鶴見区のホームページに、花月園の説明が出ていました。

 本当に鶴見は昔は風光明媚なところが多かったんだなと思います。

 私の実家の滝坂不動も江戸時代は、そこから見る海岸線がすばらしかったそうです。今は、岸谷生麦線の建設現場となり、なくなってしまいました。

 写真をみて、改めて鶴見をもっと緑の多いまちにしていきたいと思いました。

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