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2006年8月27日 (日)

「メディアの構造問題と市民メディアの可能性」

JANAJANに神保さんの本のことが記事になっていた。

私はかつて、神保さんの話しを聞いて、その講演録の書評を書いたことがあります。市民メディアサミットが近づいている今、書いた時期は2005年と多少古いのの、関係あるテーマだと思い、拙い文章ですがここに紹介します。

私たちは様々な情報をほとんどメディアから得ている。イラク戦争が起きたこと、新潟やスマトラ沖大地震、アメリカ大統領選など、自分で見聞きできないことを、メディアを通じて知らされている。メディアで報道されないことは、実際にあったことでも、その存在自体認識できない。私たちはメディアを通じて社会を見ている。戦争中の日本では「大本営発表」という、一方的な情報が人々の判断力を失わせたが、情報操作は過去の話ではない。メディアがおかしいと感じてはいたが、それがどうしてなのか、この本にはメディアの構造的な問題が書かれている。

 民主主義にとって、情報は生命線だ。神保さんは、トーマス・ジェファーソンの「よく情報を得ている公衆は、民主主義のファウンデーション(基盤)である」の言葉を引用して、メディアの危機が民主主義の危機であると訴えている。クロスオーナーシップ、記者クラブ制度、再販価格制度によって、日本ではメディアが寡占・巨大化し、メディアを瀕死の状態に追い込んでいる。クロスオーナーシップとは、同一資本が新聞とテレビを同時に保有することで、メディアの巨大化を防ぐため、多くの国で禁止されている。テレビはCMで作られるため、スポンサーの意に反した番組は作れない。テレビと結びついた新聞もまたしかり。 

今は、ITによりマスメディアに載らない情報でも得ることができる。行政やNGONPOだけではなく、個人ですらホームページを持ち、情報を発信できる。ここに、一筋の希望が見えるが、一方でITは情報格差を生み、新たな差別化が進んでいる。一部の人が情報を持っているだけでは、民主主義は機能しない。ITだけでは、メディアの問題は解決しない。

まだまだごく微力ではあるけれど、生まれつつある市民メディアを育てていくことの大切さ。あらためて民主主義が情報によってもたらされることを教えてくれる。私たちは知らないうちに、メディアの巨大化・寡占化に手を貸している。まずこのことを自覚し、日本のメディアの構造問題を見つめることから始めよう。

 

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