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2006年8月16日 (水)

書評「市民の安全保障~ひとりからの平和構築」

Scan10080  参加型システム研究所の機関紙に安藤博さんの「市民の安全保障」の書評を書きました。

 

本書には3つの目的があるとかかれています。

               

 1つは、自衛権のあり方について考える。市民の税金で作られた武装部隊が日本から遠く離れたイラクで活動していることはどういうことだろう。テロからの自衛という目的で、アメリカはイラク・アフガニスタンを先制攻撃し、ほとんどつぶしてしまったことまでが『自衛』なのか。兵器・軍隊には、『攻撃的』・『防衛的』の区別はなく、ミサイル防衛システムと言っても、それはいつでも攻撃に使うことができる。軍隊や兵器は使う意思と使い方に全てがかかっています。

               

 2つ目は、戦争をなくすために戦わなければならない「軍事力が幅を利かしている現実」がどんなものかを知ること。まずは防衛白書をしっかり読み込むこととあります。

                  

 3つ目は、私たち市民が「市民の安全保障のためになにをすべきか」ということです。国家安全保障は、国が国家を守るための安全保障で、防衛といってもいいかもしれません。防衛で国家は守られても、私たち市民の安全とは別ものです。安全保障を国家から取り戻さなければなりません。

         

 Img_1909_1 私たち市民を戦争に巻き込む『脅威』は、北朝鮮政府や中国政府だけではなく自国の政府も含みます。憲法の前文にも「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」とあるように、戦争を決めるのは政府=国家です。歴史的にも戦争は私たちのような素人の市民が戦争を引き起こしたのではなく、すぐれた専門家集団によって導かれた政府が引き起こしています。戦争になれば、市民も武器を持たされ相手国の市民を殺せと命令されます。国家は守られても、市民一人一人の命が国家安全保障で守られることはありません。このことを認識しておく必要があります。

                   

 市民の安全保障における役割は、自国の政府が戦争を起こさないように監視し、起こしそうな政府は主権を行使して交代させる。政府に自衛のための実力行使を求めるとしても、戦争に踏み込む前に外交努力を尽くさせることです。そのためには、まず国内外の人たちと対話を始めることだと、安藤さんは主張します。これに私も賛同します。こう考える私たちは少数派かもしれませんが、個人として、また仲間をつくり他国の人たちとの対話を始めていきたいと思いました。

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