東洋一といわれた児童遊園地花月園
横浜デジタルアーカイブの鶴見担当として、先日zaimの204で開かれた会議に出ました。
横浜デジタルアーカイブは、横浜市との協働事業研究で、市民の視点で今後横浜の残したい物を映像でも、音でも、物語でも、それぞれの区の特色を活かした形で、インターネットのサイト上に残していこうという事業です。
で、会議をした部屋には昔の横浜の写真がたくさんあり、私が住んでいる花月園の写真も見つけました。
花月園は東洋一の児童遊園地であったということは、知っていましたが、ケーブルカーや大山すべりとよばれた第滑り台など、一体今のどのあたりにあったのかと思うほどの遊園地です。
私が子どもの頃は、花月園は競輪場でしたが、一部公園となっていて、児童館など子どもたちの遊び場として、まだ少し面影た残っていました。その後、県立の子どもセンターとして、私のこどもたちもセンターで遊ばれてもらいましたが、今は子どもセンターもなくなり、子どもたちの遊ぶ場がまたなくなってしまいました。
鶴見区のホームページに、花月園の説明が出ていました。
本当に鶴見は昔は風光明媚なところが多かったんだなと思います。
私の実家の滝坂不動も江戸時代は、そこから見る海岸線がすばらしかったそうです。今は、岸谷生麦線の建設現場となり、なくなってしまいました。
写真をみて、改めて鶴見をもっと緑の多いまちにしていきたいと思いました。
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